20世紀ドイツ文学を代表する作家であるヘルマン・ブロッホの死後に遺稿から編纂された長編小説をドイツ文学者・古井由吉が翻訳した言語芸術の最高峰ともいえる名作を復刊。本作の訳業は古井由吉が作家への道を歩むきっかけのひとつに。
『誘惑者』はヘルマン・ブロッホの死後に、何度も改稿され未完成のままであった遺稿をある編集者によって編纂され発表された作品です。『誘惑者』という書名もその編集者がつけました。その編纂の内容から「大いに問題のある作品」(訳者解説より)とされ、現在では、のちに別の編集者によって編纂されなおし書名も違う作品が、研究者の間では認められており、『誘惑者』は日の目をみていません。その詳細については本書下巻に掲載の早川文人氏の解説を参照ください。とはいえ、ドイツ語の言語表現を極限まで突き詰めた「ヘルマン・ブロッホのひとつのまとまった作品」(訳者解説より)があり、それを古井由吉というドイツ文学者が日本語に翻訳し、またその翻訳作業が作家としての古井由吉に影響を与えた、ということから、ぜひ日本の読者に読み継がれて欲しいと願い、『誘惑者』を復刊することにいたしました。
20世紀ドイツ文学の記念碑的小説復刊!
古代ローマの大詩人ウェルギリウスの死の直前の18時間を描いたヘルマン・ブロッホの畢生の大作です。1977年刊行集英社世界の文学に収録されていた同書名の復刊ですが、SNS等でも常に刊行を望む声が挙がっている幻とも言える名著です。
ヘルマン・ブロッホについて
1886年ウィーンでユダヤ系の裕福な紡績業者の長男として生まれ、実業家としての道を歩みますが一転、1927年に工場を売却し、その後ウィーン大学で聴講生として数学、哲学、心理学を学びます。1931年から1933年に長編小説『夢遊の人々』を発表。1938年にナチスに逮捕拘禁されますが、拘束中には『ウェルギリウスの死』の執筆を続けています。ジェイムズ・ジョイスなど外国作家たちの尽力で解放され、イギリスを経てアメリカへ渡ります。1945年に『ウェルギリウスの死』、1950年に『罪なき人々』を発表。プリンストン大学では群衆心理学を研究し、論文も発表しています。ノーベル文学賞候補となりますが、1951年死去。『誘惑者』は生前には発表されず、遺稿を整理する形で1953年に全集に収められました。
今どき、今ごろにどうして復刊?
著者はユダヤ系オーストリア人で、ナチスに拘禁され死を覚悟したことがあります。解放後は群衆心理学の研究に没頭、ナチス台頭の仕組みを研究し、二度とファシズムが起きないことに自分の作品が少しでも貢献できることを願っています。新たな戦前とも言われる現代にこの著者の作品を読むことは意味あることだと考えています。
集英社版世界の文学では2段組でしたが、本書は1段組で、サイズもB6変型(174mm × 120mm)なので、文庫ほどではないですが、手に収まりやすく、読みやすく、持ち運びしやすく、と読みやすさを求めました。長く読まれ続くことを願っています。ただし、内容は難解です。漢字も略字に変更しておらず、オリジナルのままです。